うみなりブログ。

アラフォー腐女子が、BL要素のある文学作品をイラスト付きでゆるく紹介します。日本近現代文学が中心。BL・同性愛的な表現が苦手な方はお気をつけ下さい。

川端康成「少年」②

清野少年は小笠原義人さんという実在の人物がモデルで、川端康成先生がまだご存命の時に実際に訪ねた研究者の方がいらっしゃるそうです。その方の本に小笠原さんの写真も載っているらしいので是非とも見たいと思って探しましたが、近隣の図書館には無かったので遠方の図書館から取り寄せてもらうことにしました。一か月くらい掛かるみたいなので、楽しみに待とうと思います。

清野少年は実在しなかったのではと言う「少年」の面白い考察記事を見つけました。

kakuyomu.jp

モデルは小笠原さんだったかもしれませんが、確かに「少年」に書かれている全ての言動をしたかどうかまでは怪しいよね…と妙に納得しながら読みました。実際の所はもう川端先生がお亡くなりになっているので永遠に謎のままです。

ただ、大正十一年四月四日の日記(「川端康成全集補巻1」(新潮社、1999年版)収録)に

「昨夜とひとしく古き日記出して読む。中学五年の時のもの最も多くあり。昨夜と同じく小笠原を思ふ。当時不純な気持ちもまじれる愛のやうに記しあれど、今の追想を以てすれば純美なり。孤児根性のことしきりに嘆きあり。想ふに小笠原との愛によりて、余が一転機を心に得たるは疑なし。」

と記載があるので、実際に小笠原さんが川端先生に与えた影響が大きかったことは間違いありません。

(大正九年一月九日の日記にも

「小笠原に会ひたい思ひ切。明日にも中学に行かうと思ふ。」

とか書かれたりして、中学卒業後の日記にも沢山では無いですが、たまに小笠原さんの名前が出てきています。)

さて、「少年」の感想、続きです。

①を読んでいない方はそちらからお読み下さい。

川端康成「少年」① - うみなりブログ。

すみません、川端康成先生の生い立ちなどは詳しくない為、Wikipedia情報です。

以下、BL・同性愛的な内容が含まれます。

川端先生と清野少年は、キスをしたり布団を隣に並べて寝る前にイチャイチャしてたりしてますが、プラトニックな関係だったようです。

また、それ以上の関係になることに嫌悪感を感じているが根底にはそんな欲望もある、そんな思春期特有の揺れる気持ちも当時の日記から伺い知ることが出来ます。

日記は、大正5〜6年に川端先生が中学5年生(翌年度には一高へ進学)、清野少年が2年生の時のもので、卒業後大正9年(川端先生が22歳の時)に会ったのを最後に、それ以降会っていないと書かれていました(手紙のやりとりは大正11年まで続いていました)。川端先生は30年経った今も清野少年に感謝していると述べて、この作品は終了するのですが、「感謝」という言葉が表しているように、この2人の関係には、ただの同性愛や恋愛感情だけでなく、別のもっと深い結びつきのようなものが感じられます。

清野少年は川端先生の初恋の相手であることは間違いありませんが、それは異性愛を知る前の一過性のもので、また異様に肉体関係を持つことに嫌悪感を感じている(しかし根底にはそのような欲望もあり葛藤している)ことから、やはり通常の恋愛感情とは異なるものであったものと思われます。

川端先生は清らかな汚れない処女性のようなものを清野少年の中に求め、清野少年はそれに応えられるような純粋な存在であったのだと思います。

幼い頃から肉親を相次いで亡くしたことによる埋まらない淋しさや鬱屈した気持ちを埋めてくれた存在、それが清野少年だったということは後にご本人も

「私はこの愛に温められ、清められ、救はれたのであつた。清野はこの世のものとも思へぬ純真な少年であつた。
それから五十歳まで私はこのやうな愛に出合つたことはなかつたやうである。」(「川端康成全集第33巻 独影自命」(新潮社、1999年版)より)

と述懐しています。

最後に収録されている清野少年からの手紙を読むと本当に少しずつではありますが、2人が疎遠になる様が垣間見えて切なくなります。

川端先生は20歳のころに13歳の女の子と恋に落ちたり(のち婚約し破局)、作家人生もスタートしようかという時期で、プライベートや学校生活も多忙だったこともあったのだろうと思います。

清野少年が何度も手紙に「会いたい」と書いているのが胸に迫ります。2人は何回か会っているようですが、どれ程会えたのでしょうか…。

会わなくなり、手紙のやり取りも無くなり、それでも川端先生の中に清野少年の面影はずっとずっと生き続けていたんでしょう。そういう関係性も素敵だなと思いますが、もしかしたら川端先生が清野少年から純粋さが無くなってしまうのを見るのが怖くて一方的に関係を絶ったのかもしれないと思ったら、何だかものすごく切なくなりました。

川端先生が婚約した少女に一方的に振られ、傷心の状態で24歳の時に昔を思い出して書いたのが「湯ヶ島の思ひ出」で、その時に思い出すだけで実際に会いに行かなかったのは(2人が最後に会ったのは22歳の時)、既に清野少年に以前のような純粋さを見出せなくなってしまっていたからなのかも知れません。(いや、私なら絶対に会いに行って清野少年に癒されるよ…と思って。)

また清野少年は中学卒業後に大本教信仰への道へ進んで信仰を深めていき、手紙にも大本教の予言のようなものを書いています。川端先生には無理に信仰を勧めなかったようですが(そして川端先生は大本教が嫌いみたいでボロクソに書いています)、もしかしたらそういう所にも引いてしまっていたのかなとも考えられます。

とりあえず、清野少年は永久不滅の純粋無垢な絶対的存在であり、そう在らねばならない、それは川端先生と読者の共通認識であることは間違いありません。

清野少年マジ天使!

私の「少年」の感想は以上です。この作品については他にも書きたい内容が色々ありますので、また別記事で触れたいと思います。

川端康成「少年」の登場人物(相関図付き) - うみなりブログ。

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「ヘングイン」は「ペンギン」じゃないかと書かれているものが多いですが、どうなんでしょうか…。

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