今回は戦争文学、井上武彦先生「同行二人 特殊潜航艇異聞」の感想です。
BL要素ありますので、以下お気をつけ下さい。
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絶賛絶版中です。
ということで図書館で借りましたが、近隣の図書館には無かった為、県立図書館から取り寄せて貰いました。何処の図書館にも入っている感じではなさそうですが大きめの図書館にならあるかもしれませんので、お近くの図書館に見当たらなかった方は取り寄せ依頼をしてみて下さい。
「同行二人」の後に下手に「ー」を入れて検索したら全くヒットせずに焦りましたので、フルタイトルでなく、キーワードか作者名で検索されることをオススメします。
さて、「同行二人」です。ネタバレありますので、ご注意下さい。
戦争BL文学は私はあと加賀乙彦先生の「帰らざる夏」くらいしか知らないので(岩村蓬先生「鮎と蜉蝣の時」もそうかもしれませんが、個人的にはちょっと系統が違うように感じます。職業軍人が主人公か否かな点ですかね…?自分でもよくわかりませんが)、なかなかレアです。
真珠湾攻撃に赴く潜水艦の乗組員の心情と言動を、特殊潜航艇の搭乗員二人を中心に軍医目線で描いた話です。
艦長、水雷長、機関長などの乗組員達と過ごしながら出撃命令を待ちますが、そこに新たに特殊潜航艇の乗組員、坂田少尉と稲田二等兵曹が配属されて来ます。彼らはそれまでの艦内の雰囲気を変えます。
お小姓と足軽と呼ばれる坂田と稲田。定員二名の「死の兵器」に搭乗する二人。命令が下されたら、二人はほぼ確実に死ぬ運命にあります。軍医は死を待つこの二人にものすごく魅かれ、彼らと積極的に交流します。
やがて、真珠湾攻撃へと赴き、特殊潜航艇の出撃直前で話は終わります。
死を前に人はいかに考え、行動するか。
飄々と死を受けて入れているように見えた坂田が、実はものすごく死の恐怖と葛藤しているという展開がとても胸に迫りました。
艦長や水雷長など、主要メンバーが出撃直前に激励しますが、坂田は多くを語らない。その胸の内は、誰にも分からないのです。恐らく同乗する稲田でさえ。
そして、坂田の顔を見て「死に魅かれた人の顔」を美しいと思い、その魅力に取り憑かれながら軍医は戦後を生きていきます。
話が出撃直前で終わっているのが個人的に良かったです。決死の覚悟で出撃した坂田と稲田の特殊潜航艇がどのような戦果を挙げたかは、作中では一切わかりません。
余韻が無く、物足りなく感じる人も居るかもしれませんが、このパツンと切れたラストがこの小説には相応しいように感じました。
ここからはちょっと史実の話です。
特殊潜航艇=甲標的は、ハワイだけでなく後にシドニーやマダガスカルにまで行っているそうです。マダガスカルでは戦艦を大破させたらしいですよ!すごいな!
ハワイでは9人が亡くなっており、彼らは九軍神として祭り上げられました。そして1人は捕虜になっています。坂田と稲田は仮名ですので、この小説は史実を元にしたフィクションです。
以下、読了後に読んだ方が良さそうな内容を文字色を変えて書いてあります。史実の先入観なしにこの小説を読みたい方は、是非読了後に読んで下さい。
史実ではジャイロコンパスが壊れたのは捕虜になった酒巻和男少尉が乗っていた潜航艇だけだったそうです。そして坂田と酒巻、稲田と稲垣(酒巻少尉の相棒は、稲垣清二等兵曹)、名前も似ていますので、井上先生が彼らをモデルに書いたことは間違いないと思います。
決死の覚悟で出撃したもののジャイロコンパスの故障で攻撃は失敗、結局捕虜になって自決しようとしたがかなわず、戦後を生きた酒巻少尉。同乗の稲垣二等兵曹は亡くなって九軍神の一人になっています。「酒巻和男」で検索したら顔写真付きのWikipediaがすぐに出てくると思いますので、興味のある方は検索してみて下さい。
彼がその後に辿った道を考えるととても切なくなります。小説中の坂田の葛藤を見た後だと余計に悲しくなります。生きて帰り1999年に亡くなりましたが、その間どのような気持ちで過ごされたのでしょうか。こういう事実を知ると戦争は本当に残酷だと思えて仕方ありません。
私は読了後にこの史実を知りましたので、知る前と知った後で、この小説に対する印象が変わりました。稲田が「自分が犠牲になっても、坂田だけは生き返らせたい」と思っているような描写が作中で為されているのですが、それも全部伏線になっていたのかとハッとしました。出撃してから稲垣二等兵曹が亡くなるまでの間にも、ものすごい人間ドラマが繰り広げられてそうです。
さて、真面目な感想はこの程度にしておいて、さぁ皆さまお待ちかね、BLコーナーのお時間がやって参りました。
坂田と稲田の関係がBL的に読めますが、想像したよりかは軽めに感じました。前情報ではもっとガッツリな奴を想像していたので、あくまで当社比(?)です。
とりあえず軍医がですね…、稲田×坂田をこれでもかというくらい観察します。
一身同体ではなく二身同体、あるいは一身異体と二人を評します。一人の痛みを二人で分け合っていたり、二人で兵を叱りつけているのにまるで一人が行っているかのよう錯覚するなど、二人は不思議な絆で結ばれていることをとにかく強調してきます。
とりあえず皆さまの妄想も捗るように二人の特徴などを書きます。↓
○坂田少尉
やや長身、やせ気味、なで肩。やわらかさ、初々しさ、素直さ、素朴さといった清潔なムードにあふれている。表から裏まで透明。敏感であり清純である。女性的でもある。顔がきっちりとしまっている。細い目、細い鼻、しまった唇。
○稲田二等兵曹
田舎出身の朴とつな男。口が重く、表情も変化にとぼしい。いくらかずんぐりしているが、動作はこまめ。
○BL的に気になるシーンをいくつか。
・坂田が怪我をして治療されるのを、自分のことのように痛がる稲田。
・坂田の衣類などを絶対に他の人に洗わせない稲田。洗ったら本気で怒る。
・坂田だけには何としても生きて帰ってもらいたい、その為には自分の命を捧げても構わないという母性愛に溢れる稲田(妄想)。そして感情昂った稲田が坂田の胸に取り縋って(妄想)、号泣する(現実)。稲田の背に手を回して抱き抱える坂田(妄想)。
・開戦の日が決定した時、何かが心を揺さぶり、強く手を握り合う坂田と稲田(現実)。「私がいなければ抱き合って頬ずりしかねない感じだ」(妄想)。その後感極まり坂田の胸で泣く稲田(現実)。しばし無視される軍医(現実)。
・↑を目撃した為、特殊潜航艇の中で稲田×坂田がいかがわしい行為をしている妄想が止まらない軍医。
・坂田の幼少時の性の目覚めを妄想する軍医。
・注射の覚悟が出来た坂田を「男の子だ」と褒める稲田。母…?
・坂田が注射される時の腕の艶かしい描写。
割と軽めと書きましたが、こうやって書き出すと結構色々濃いシーンがあったわー…。
軍医の妄想が半分くらい占めていますけれども…。BL的に軽めだと感じたのは、軍医の妄想が多くを占めているからでしょうか。
思春期の腐女子並みに妄想しているこの様子から判断すると、恐らく軍医は腐男子であると思われます。
で、軍医→坂田もありますね。坂田にかなり惹かれており、「私自身が彼にひかれる」とはっきり書いています。坂田も軍医を慕ってしょっちゅう医務室を訪れていますので、軍医×坂田も良いですね。
あとは、機関長(仏教徒)×軍医とかも頑張れば妄想できますよ!仲良し!
軍もののBLが好きな方やこういう戦友の絆的なものに惹かれる方は多分すごく合っていると思いますので、是非読んでみてください。
軍医の妄想部分さえ読み飛ばせばBL要素をシャットアウトして読めないこともないので、普通に戦争ものの人間ドラマとしても読み応えはあると思います。
一応〆も真面目にします。
戦争文学は死と密接につながっているので、とても重たいと感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
確かに重たいです。救いもないです。
でもそういう状況下での人間ドラマほど、より「生」を感じられるように思います。
現在では想像できないような極限状態が80年ほど前には沢山あったのですよね。忘れてはならないように思います。
忘れ去ってしまった時に、いつかしっぺ返しのように平和ボケしている人類に極限状態がやってくる…、そんな気がして仕方ありません。
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