うみなりブログ。

アラフォー腐女子が、BL要素のある文学作品をイラスト付きでゆるく紹介します。日本近現代文学が中心。BL・同性愛的な表現が苦手な方はお気をつけ下さい。

福永武彦「かにかくに」

福永武彦先生のBL要素ありの名作「草の花」について語ろう語ろうと思いながら、約10ヶ月の時が過ぎ去りました。

過ぎ去りました…が、今回は満を持しての「草の花」でなく、「草の花」の原型となった「慰霊歌」という作品の更に原型である「かにかくに」という作品について語りたいと思います。

BL・同性愛要素があります。以下、お気をつけ下さい。

 

 

福永武彦先生の不朽の名作「草の花」。

一応BL要素があるのですが、BL扱いするのが申し訳なくなるくらい本当に素晴らしい小説です。

素晴らし過ぎて、自分が薄っぺらい感想しか書けないことに耐え切れず、ずっとブログ記事を途中まで書いて放置していました。

「草の花」は、病気で若くして亡くなった汐見茂思という青年の思い出を巡るストーリーです。汐見は藤木忍という高等学校の後輩に想いを寄せますが成就せずに藤木は病死します。その後、藤木の妹・千枝子との愛にも敗れます。

めちゃくちゃ切ないストーリーですが、愛とは何か、死とは何か、孤独とは何かをとことんまで追求した美しくて儚い名作です。

私は薄っぺらい感想しか書けないので、未読の方は是非ご自身の目で名作たる所以を確かめてみて下さい。

 

最近「草の花」の原型になった作品があると知り、読んでみました。

「慰霊歌」と「かにかくに」の二作品で、紙の書籍では「未刊行著作集19 福永武彦」(白地社、2002年)、電子書籍では「福永武彦電子全集1」(小学館、2018年)に収録されています。

例によって、私は紙の書籍を図書館で借りました。図書館にもある所にはありますので探してみてください。

「草の花」の原型になった作品が「慰霊歌」で、さらにその原型となった作品が「かにかくに」だそうです。

 

「慰霊歌」の方は細かいところは色々と異なってはいるもののセリフなども「草の花」の「第一の手帳」と同じものが登場していたのでザ・原型と言う感じでしたが、「かにかくに」…!!貴方はちょっと待って…!!!

「草の花」のストーリーを念頭に置いて読んだらちょっとあまりにも衝撃的な展開だったので、今回はこの作品について語らせて下さい。

先に「草の花」について語らずにものすごく邪道なことをしているのは私も自覚していますが、とりあえずびっくりするほどブログを書くのが捗ったので勢いで語ります。

 

ネタバレありのあらすじ。

主人公は氷田晋(ひょうだ・すすむ)、旧制高校に通う学生です。まぁ、考えるまでもなく汐見さんの元キャラですね。

同級生の藤木忍(「草の花」では後輩でしたが、この作品では同級生らしい)に入学時から想いを寄せて親しくしていましたが、秋頃に拒絶されショックのあまり青森の実家にまで帰る始末です。何とか空元気を出して寮に帰り、藤木とまた一時的に親しくしますが、二月に完全に拒絶されます。今度は立ち直れず、寮を出て下宿に引きこもってしまい新学期になっても授業に出てきません。

友人の辻が心配して、何とか藤木との仲を取り持とうと藤木の母を説得して、氷田と藤木は二人で伊豆に旅行に行くことになりました。

その旅行中、氷田は藤木との心中を決意します。

翌日海で藤木に心中を持ちかけ、藤木が乗れば心中、乗らなければ自殺しようと心に決めて寝ましたが、目が覚めた時には藤木は置き手紙を残して既に帰宅した後でした。

「氷田君は素晴らしい情熱を持っているのに、それを自分のようなつまらない人間に傾けるのは良くないから拒絶した。自分以外の素晴らしいものにまた情熱を捧げられるようになったら親しくしよう。その時にもう自分が顧みられないならそれでも構わない。」

というような内容の手紙です。

一方、二人の仲を取り持とうとした友人の辻は、胸騒ぎがして朝一番に伊豆の二人の宿まで来ていました。

到着した辻はとりあえず食事をしていましたが、隣の部屋に居る氷田は妙にひっそりとしています。

しばらくして食事を終えた辻が机に突っ伏している氷田に近付くと、毒を飲んだらしく既に亡くなっていました。

藤木からの手紙の余白に

「僕は君のやうな強い生き方を知らなかつた」と書き残して。

 

完。

 

∑(゚Д゚)

 

 

……

 

………

 

いや…ちょっと…もう…藤木より先に死んでしまったよ、汐見さん…(※氷田です)😭

 

旅行中に藤木と二人で風呂に入って裸体に見惚れるシーン(※)があったり、友人の辻が実は藤木のことが好きだとラストで自覚するので三角関係の要素まであったりします。

(※…二人の間の肉体的な接触は肩に触れるくらいしかないのですが、藤木を熱っぽく見つめて回想に耽りながら頻りに「美くしい」「美くしい」言っています。)

 

私が知ってる「草の花」と全然違うんですが…!!!

 

とりあえず「草の花」では描かれていなかった汐見と藤木の具体的な高校生活が描かれていて、片想いぶりが痛いほど伝わります。

氷田は寮で一緒になった時から藤木が好きで、藤木も最初は親しくしていたのですが、段々と氷田とは性格的に相容れないとわかって距離を置くようになり(それでも約10ヶ月は交流した)、最後には

僕は初めから氷田君があまり好きぢやなかつたのです。(p.219)

とばっさりいきます。

氷田からのアプローチが激し過ぎたことが原因の一つであると彼らの会話などから伺えます。色々書いてありますが、めちゃくちゃ重たい感情を藤木にぶつけています。

簡単に書くと、氷田は藤木の純粋な精神と孤独を愛する心が大好きで、藤木の為なら死んでも良いとさえ思っているのです。

重いよ…。

脈が無い相手にこのような激重感情をぶつけ続けたら、避けられてしまうのも無理ないですよね…。

しかし、途中の藤木の独白とラストの手紙で「氷田は自分と一緒に居ない方が立派になれる」と考えて氷田を避けたことが分かります。また、藤木は氷田が自分を心中に誘おうとしていることが分かっていたのかいないのか、「氷田の情熱にこのままでは負けてしまいそうだから、先に帰る」と言うことも書いており藤木も氷田の熱意に流されかけていたことが分かります。一緒に心中しても良いかも…と思ったならちょっと熱いですが、結局そうはならずに帰ってしまったのでもう氷田は完敗です。

 

解説によると、藤木との思い出は福永先生の実体験を基に書かれたそうです。(福永先生ご本人についてももっと調べなきゃ…(*´Д`*))

「かにかくに」は第一高等学校の校友会雑誌に掲載されたそうで、まさに失恋を体験した後の生々しい魂の記録と言えそうです。

「慰霊歌」の方は、福永先生が結核を患っている時に書かれたそうで、死生観などを含めてこちらも生々しい魂の記録です。これらの経験を通して「草の花」という名作が産まれたのですね。

 

個人的に好きなシーンはこちらですね。↓

「藤木、藤木」
と呼んだ。返事はなかつた。
晋はむつくりとおき直ると蒲団を押しのけて、藤木の枕許に自分の顔をよせた。すや/\といふやさしい寝息が聞こえる。藤木の子供つぽい臭が甘く彼の鼻を刺戟した。
「藤木、もうねたのかい?」
返事はなかつた。

 

廊下から来る淡い電灯の光に、藤木の女のやうな唇がすぐ其処に匂つてゐた。(p.234)

f:id:naruminarum:20220821143545j:image

藤木の女のやうな唇がすぐ其処に匂つてゐた。

という表現が何とも官能的な感じで堪りません。

 

藤木には精神的なもののみに対して愛情を感じていた筈なのに、外見や肉体的なものに対しても魅力を感じていたことに気づき、苦悩するような描写もあります。

ーーだが何といふ堕落だらう。曾て俺は一日だつて藤木の肉体を見て愛したことはなかつた。心は美くしいと思つてもその体は別個の存在だつた。藤木は兄弟であつて恋人ではなかつた。俺は一日一日何うしたらあの清い魂に俺自身を浸すことが出来るかと考へてゐた。そして俺はあいつの魂を捕へ得なかつた、藤木は行つてしまつた。今、俺の眼の前に現れた藤木に肉体を感ずることは何といふ不純だらう。(p.233)

こういうことに苦悩する若者が私は大好物なので、本当にご馳走様です。

ちなみに藤木は作中でちゃんと美少年扱いされていますので、ここに至る迄は外見に惑わされずに藤木のことを想い続けたという要素もなかなかに重くて良いです。

 

 

ね、藤木。我々は何も分かつてゐない、凡て不可解な事象の羅列だ。けれども少くとも我々は醜いものばかり見て来た。たとへ一時は美くしいと思つたものでも直きに凋んでしまふ。此の中にあつて死のみは何といふ美くしさだらう。自ら選ぶ死こそ一切を透る絶対の美でなくて何だらう。(p.234)

藤木に心中を持ち掛けようとする前の晩のセリフ。この若々しい考え方がおばさんには眩しいくらいです。(折口信夫先生の「口ぶえ」の時にも同じようなことを書いたような…若いってイイネ!!)

 

「草の花」とは驚くほど展開が違いますが、「かにかくに」は若々しく荒削りな展開やラストが魅力的に感じられて、私は何だかんだでとても好きになりました。

この作品だけでも単品で十分読めますので「草の花」が未読でも読むのに全く問題はありませんが、出来れば「草の花」を読んだ後に読み比べていただきたい作品だと思います。

 

興味を引かれた方は是非「草の花」も併せて手に取っていただけると嬉しいです。

 

 

 

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