うみなりブログ。

アラフォー腐女子が、BL要素のある文学作品をイラスト付きでゆるく紹介します。日本近現代文学が中心。BL・同性愛的な表現が苦手な方はお気をつけ下さい。

堀辰雄「燃ゆる頬」③

堀辰雄先生の名作BL文学「燃ゆる頬」の初出時無削除版と現行版を読み比べたら面白かったという話の続きです。

未読の方は↓から先に読んで下さい。

堀辰雄「燃ゆる頬」② - うみなりブログ。

 

BL・同性愛の話題です。以下お気をつけ下さい。

 

 

完全に削除された箇所については②で語り済みですが、他にも読み比べたら細かく違っていた為、個人的に気になった箇所だけご紹介いたします。

 

(新)青空文庫

(旧)『文藝春秋昭和7年1月号(第10巻1号)

から比べてみました。

細かい言い回しだけが異なっている部分、異なっているけど個人的に気に留める程の内容ではないと感じた部分は書いていません。

 

注・気になった箇所を私が太字にしましたので、元は太字ではありません。

 

(新)

私は十七になつた。そして中學校から高等學校へはひつたばかりの時分であつた。

(旧)

私は十七であつた。そして中學四年から高等學校へはひつたばかりの時分であつた。

 

中学4年から高等学校に行く子は優秀だったみたいなので、主人公も優秀だったのですね。

現在読める「燃ゆる頬」の冒頭はこの文になっていますが、(旧)の方は「或る日の晝休みに、私はぶらぶらとひとりで」から「(魚住は)人を馬鹿にしたやうな表情を浮べてゐた。」の箇所(魚住と顕微鏡を見るシーン)から始まっており、それが終わった後に上の「私は十七であつた。」から「そしてただ最後の一撃だけが殘されてゐた。……」の部分になっています。

 

とりあえず(新)の順序で進めていきたいと思います。

 

(新)

或る日の晝休みに、私は一人でぶらぶらと、植物實驗室の南側にある、ひつそりした花壇のなかを歩いてゐた。そのうちに、私はふと足を止めた。そこの一隅に簇むらがりながら咲いてゐる、私の名前を知らない眞白な花から、花粉まみれになつて、一匹の蜜蜂の飛び立つのを見つけたのだ。

(旧)

或る日の晝休みに、私はぶらぶらとひとりで、校舎の横手にある、誰もゐないひつそりした花壇のなかを歩いてゐたが、そのうちその一隅に簇むらがりながら咲いてゐる蘭の花から、花粉まみれになつて、一匹の蜜蜂の飛び立つのを見つけ、私はふと其處に足を止めた。

 

最初は「名前を知らない花」ではなかったんですね。

 

 

(新)

「來て見たまへ。顯微鏡を見せてやらう……」(中略)

「見えるか?」

「ええ……」(中略)

「もう、僕……」と腕時計を見ながら、私は口ごもるやうに云つた。「教室へ行かなくつちや……」

「さうか」

(旧)

「來て見たまへ。顯微鏡を見せてやるから……」(中略)

「見えるか?」

「ええ……」(中略)

「ちよつと僕……」と腕時計を見ながら私は早口に云つた。「寄宿舎まで行つて來ます。

「さうか。」

 

(旧)は少しだけ魚住の口調が柔らかく、主人公がより焦っていますね。断る口実となった場所も変わっています。

 

(新)

私は三枝が寢室へ行つてから間もなく、西洋蝋燭を手にして階段を昇つて行つた。そして何の氣なしに自分の寢室のドアを開けた。そのなかは眞暗だつたが、私の手にしてゐた蝋燭が、突然、大きな鳥のやうな恰好をした異樣な影を、その天井に投げた。それは格鬪か何んかしてゐるやうに、無氣味に、搖れ動いてゐた。私の心臟はどきどきした。……が、それは一瞬間に過ぎなかつた。私がその天井に見出した幻影は、ただ蝋燭の光りの氣まぐれな動搖のせゐらしかつた。

(旧)

私は三枝が寢室へ行つてから間もなく、西洋蝋燭を手にして階段を昇つて行つた。そして何の氣なしに自分らの寢室のドアを開けた。そのなかは眞暗だつたが、私の手にしてゐた蝋燭が、突然一つの壁の上に、無氣味に左右に動いてゐる何だか得體の知れない影を映した。それはどうしても天使と格闘してゐるヤコブの影としか見えなかつた。私の心臟はどきどきした。……が、それは一瞬間だつた。そして私がその壁の上に見出したフアントムは、ただ蝋燭の光の一時的のはげしい動搖のせゐらしかつた。

 

天使と格闘しているヤコブ…。

 

(新)

「蝋燭はつけて置くのかい?」彼が訊いた。
「どつちでもいいよ」
「ぢや、消すよ……」
 さう云ひながら、彼は私の枕許の蝋燭を消すために、彼の顏を私の顏に近づけてきた。私は、その長い睫毛のかげが蝋燭の光りでちらちらしてゐる彼の頬を、ぢつと見あげてゐた。私の火のやうにほてつた頬には、それが神々しいくらゐ冷たさうに感ぜられた。

(旧)

「蝋燭はつけて置くのかい?」彼が聞いた。
「どつちでもいいよ。」
「ぢや、消すよ……」
 さう云ひながら、彼は私の枕許の蝋燭を消すために、彼の顏を私の顏に近づけた。私はその長い睫毛のかげが蝋燭の光りでちらちらしてゐる彼の神々しい顔を見あげてゐた。私たちの頬は燃えるやうだつた。

 

ここ、この一文だけでめちゃくちゃ印象が変わるので凄いと思います。

(新)の方も好きですが、(旧)の二人ともが燃えるような頬というのもめちゃくちゃ良いですね。

 

この後に完全削除された箇所が来ますが、②で引用した通りなので割愛します。

 

(新)

「これは何だい?」と訊いて見た。
「それかい……」彼は少し顏を赧らめながら云つた。「それは脊椎カリエスの痕なんだ」
「ちよつといぢらせない?
 さう云つて、私は彼を裸かにさせたまま、その背骨のへんな突起を、象牙でもいぢるやうに、何度も撫でて見た。彼は目をつぶりながら、なんだか擽つたさうにしてゐた

(旧)

「それは何だい?」ときいて見た。
「それかい……」彼は少し顏を赧らめながら笑つた。「それは脊椎カリエスの痕なんだ。」
「ちよつと撫でて見たいな……
 さう云つて、私は彼を裸かにさせたまま、その背骨のへんな突起を、象牙でもいぢるやうに、何時までも撫でてゐた。彼は目をつぶりながら、いかにも気持ちよささうにしてゐた

 

より沢山撫でて、三枝も気持ち良さそうにしている!!でも(新)の方がなんかエロい!!

 

(新)

そして私は彼女と一ことでもいいから何か云葉を交はしたいと思ひながら、しかしそれも出來ずに、彼女のそばを離れようとしてゐた。そのとき突然、三枝が歩みを弛めた。そして彼はその少女の方へづかづかと近づいて行つた。(中略)

今度は私が質問する番だつた。私はさつきからのぞき込んでゐた魚籠を指さしながら、おづおづと、その小さな魚は何といふ魚かと尋ねた。

「ふふふ……」

少女はさも可笑しくつて溜らないやうに笑つた。それにつれて、他の少女たちもどつと笑つた。

(旧)

そして私は彼女と一ことも聲をかけられないのを非常に残念がりながら、その場を立ち去りつつあつた。そのとき突然、三枝が歩みを弛めた。そして彼が私の少女(※引用注:太字の部分に傍点)の方へ近づいて行くのを私は見た。(中略)

今度は私が質問する番だつた。私はさつきからのぞき込んでゐた魚籠を指さしながら、その小さな魚は何といふ魚かと聞いた。

「鯊《はぜ》だヨ……」

 少女は何故か私にだけそんないけぞんざいな言葉使ひをした(※引用注:「いけぞんざい」に傍点)。すると他の少女たちがどつと笑つた。

 

「私の少女」とか言うとる…!

あと、しゃがれ声の少女が笑わずにちゃんと魚の名前を答えとる…!

 

(新)

私の入れられたそのサナトリウムの「白樺」といふ病棟には、私の他には一人の十五六の少年しか收容されてゐなかつた。(中略)

死んだ三枝の顏が透かしのやうに現はれてゐるのに氣がついた。(中略)

私は不意に目まひを感じながら、やつとのことでベツドまで歸り、そしてその上へ打つ伏せになつた。

(旧)

私の入れられたそのサナトリウムの「白樺」といふ病棟には、私の他には一人の支那人しかゐなかつた。それは薛《せつ》と云ふ名前の、十五六の少年だつた。(中略)

死んだ三枝の顏がはつきり現はれてゐるのに氣づいた。(中略)

私は不意に目まひを感じながら、やつとのことでベツドのところまで歸り、そしてその上へ死人のやうに倒れた……

 

最後の少年は、薛くんと言う中国人の少年だったのですね。

三枝の顔がはっきり現れている上に、薛くんの行為にめちゃくちゃ打撃を受けて死人のように倒れてしまっている主人公…。

 

以上です。

色々細かく修正が施されていたことがよくわかりました。

完全削除された箇所も含めてなかなか(旧)も良い味を出していると思いますが、(新)はより洗練されています。

とりあえず魚住のキャラ変には驚きを隠せません。

 

その内語りたい堀辰雄先生のBL要素ありの短編「顔」にも魚住っぽい人物が登場するのですが、ちょっとだけ魚住×主人公っぽい何とも言えない雰囲気のシーンが出てきます。

そっちを先に読んでたので、余計に魚住総受け設定は度肝を抜かれました。

 

それでは今回はこの辺りで🙇‍♀️

 

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