うみなりブログ。

アラフォー腐女子が、BL要素のある文学作品をイラスト付きでゆるく紹介します。日本近現代文学が中心。BL・同性愛的な表現が苦手な方はお気をつけ下さい。

現下石濱一人の如し②(川端康成と石濱金作⑩)

今日は新感覚派作家として戦前に活躍された石濱金作先生のお誕生日です🎂🎉🎊👏

石濱先生おめでとうございます!

 

という訳で前々回の続きですが、石濱先生ネタです。

川端康成先生と石濱金作先生の関係を見る⑩回目。

前回はこちら↓

現下石濱一人の如し。①(川端康成と石濱金作⑨) - うみなりブログ。

BL・同性愛的な話題が混じります。以下お気をつけ下さい。

 

 

中学の友片岡末藤井上欠田清水小笠原山口等と今日心に殆無交渉なる感慨なきを得ず。現下石濱一人の如し。鈴木とも遂にある点に止りたるのみにて、しかも当今稍離れたる如し。三明を懐かしく思ふ。(大正11年4月4日)

という日記から二人の関係を考える続きです。

イライラしながらも石濱先生とずっと一緒に居ることを望む川端先生。

 

石濱先生はこの時期のこの状況をどのように思っていたのでしょうか?

 

石濱空腹を云ふ。我もいらいらす。彼めそめそす。少し腹立つ。彼金を持つてゐたこと殆どなきに厭だと思ふ。吾なければ彼なきに等しき此頃なれば、不愉快を聞くは不愉快なり。(中略)十一時過ぎ、雨落つ。小止みに彼かへる。泊れと云ひしも晩飯を食ひたしと。(大正11年4月3日)

とりあえず、前回詳しく見た↑の日記の喧嘩(?)が原因かどうかは分かりませんが、この翌日には川端先生のところに遊びに来ていません。

「めそめそす」とあるのでちょっとキツイことも言われたのかもしれません。

精神的に繊細だったらしい石濱先生。

私もメンタルが豆腐なので、あまりにキツイことを言われたら仲の良い友人でもちょっと距離を置くかもしれません。

 

石濱先生がどのように思っていたかを探るため、石濱作品からこの時期(大正11年頃)について書かれているものを探してみました。

まずは、戦後の回想「無常迅速ー青春修行記」から。「無常迅速ー青春修行記」について詳しくはこちら↓

石濱金作「無常迅速ー青春修行記」①(川端康成と石濱金作②) - うみなりブログ。

この作品を以前に取り扱った時にも引用した辺りですが、まさに大正11年頃の回想に

私はその頃、川端と道を隔てて、團子坂上の右と左に住んでいた。彼の下宿は、森鷗外の觀潮楼のすぐうしろで、私の下宿はその反對側だつた。二人は大抵、朝起きるとから夜寝るまで一緒にいたが、先づ最初はどちらかが湯に誘いにゆく。私がゆかないと、彼が呼びに来て、私の下宿の外から、「おーい」と、呼ぶ。

とあります。

いや、めちゃくちゃ楽しそうなんですが…!!!

川端日記で感じたギスギス感が皆無なんですけど…!!!

 

まぁ、こちらに関しては石濱先生が色々ズタボロになった後の戦後の回想ですので、思い出補正を加味しても実際に楽しかった頃なんだろうなと思います。

 

あとは、この日記の出来事の翌年に書かれている衝撃の問題作「交友記、恋愛記」。

 

「川端はもう友人というより、恋人かつ親なんだよ!そろそろ川端から離れないと俺が色々ヤバそうだ!!」という内容のエッセイです。

詳しくはこちら↓

石濱金作「交友記、戀愛記」(川端康成と石濱金作⑤) - うみなりブログ。

 

彼は何物にも捕はれない高潔な心情と不思議な諧謔とを持つてゐた 私は彼に會つてゐると愉快であつた。彼に會つてゐると、他の何物も私を憂鬱にしないのであつた。彼と共にゐると、すべてが愉快で暢々とするのであつた。

私には川端康成がある。故に心の餓がない。

しかしながら、やがて川端康成があるといふ事が私の心を自由に暢びさせてゆくのに障害となるべき時がきた。恰度子供が成長して母親を去る時がくるやうに。ーーいつとはなしに私は彼との愛に狎れて、その愛の中に溺れて了ひ自分を失つていつてゐるのを感じるやうになつてきた。

いや、もう、川端先生のことが好き過ぎるだろ…。そのために離れないとヤバいと感じての心中の吐露が生々しすぎます。

 

「無常迅速」では二人が仲良くなった時のことから書かれていましたが、石濱先生は出会った時から川端先生に一目置いていて、ラストまで敬愛に満ち満ちた態度で接しています。

石濱先生側の情報が乏しく、ほぼ川端日記からしか判断出来ないので、ひょっとして石濱先生側も思うところがあって喧嘩なども色々あったのかも知れませんが、「交友記、恋愛記」「無常迅速」を読む限りでは出会った時からブレずに川端先生への愛を貫いています。

 

 

(※引用注・石濱は)川端の内部にまで、あまりに没入しすぎていた。もちろん、意識的ではないが、芯の強い川端に、(※引用注・繊細な傷つきやすい気質の)石濱がそこまで密着してしまうと、自然、影響を受ける度合いが濃すぎて、彼独特の個性が、少なくとも、作品の上では、充分に伸び切らずに終わった

(鈴木彦次郎「新思潮時代の川端康成」(『歴史と人物』中央公論社、1972年7月号))

と、二人の親友であり『新思潮(第六次)』を一緒に作った鈴木彦次郎先生は回想しておられますので、私の妄言もあながち間違いではないのでは?などと思っています。

「あまりにも没入」って…側から見ても愛に溢れていたんじゃないかと思われますが、どれくらいのものだったのでしょう…(*´-`)タイムスリップして覗き見たい…(*´-`)

 

友達の所へゆかう、さう思ふだけでも充分幸福だつた。
大久保に居る水木と鈴本。それを訪ねやうとして庄次郎は電車に乗つた。紀の国坂をゆるり/\と廻りながら上つてゆく電車の中で、庄次郎は、たゞもうわく/\させてもどかしがつた。

 若しかしたら家に居ないかもしれない。朝、気紛れに学校にでも行つて、そのまゝ何処かへ廻つてゐるかもしれない……などと気を廻してみるすぐ後から、何をすねてゐるんだよう。いいよお前の気心は解つてるんだ……たゞもうあの家まで辿り着きたい……そこで庄次郎は又もや心をわく/\させるのであつた。

「うちへすぐ帰らうかと思つたんだが、何んだか急に此処へ来たくなつて了つた。ーー今も此処迄くるとふと「助かつた」といふ気がするんだ」

以上は全て石濱先生のデビュー作・『新思潮(第六次)』大正10年2月号に掲載された「痴人醉生」からですが、これを書いた時期の友人に対する気持ちがよく表れているように思います。一応創作ではありますが、主人公の庄次郎は明らかに石濱先生がモデルで、水木(=川端)と鈴本(=鈴木彦次郎)の所に行くことをものすごく楽しみにしています。

川端先生が鈴木彦次郎先生の下宿に同居していた時期が舞台なので先に引用した川端日記よりも1年以上前の時期にはなりますが、少なくともこれを読む限りでは友情に救われていたのは川端先生だけではなかったようです。

 

石濱先生の昭和初期の随筆「私の妻は何故服毒した?」(『婦人サロン』昭和5年9月)を最近読んだのですが、石濱先生も大きな孤独を抱えていたことが分かりました。

両親兄弟は健在だったものの、幼少期から母親にずっと愛されなかった経験が彼を拗らせてしまったようで、友情に救いを求めていた理由もそこから来ているのではないかと思います。

両親が完全に不在の川端先生がそれをどう思っていたかは分かりません。「両親兄弟が健在な人にはわからない」と、自分の方が孤独であると感じ、そのせいでイライラしていたこともあるかもしれません。ただ、両親が健在でも愛情を得られないのであれば虐待児のように色々問題を抱えて生きていくケースもあると思うので、川端先生と石濱先生のどちらがより孤独で悲惨なのかは比べられるものでもないと思います。

私見ですが、石濱先生の孤独は川端先生の孤独に通じるものがあるように感じました。二人が長い間の友達だったのは、こういう部分に共通点があったからかもしれません。

 

また、この「痴人醉生」が発表された時期の、鈴木彦次郎先生に宛てて書かれた石濱先生の手紙からも引用したいと思います。

川端康成は、とても私の比の人間ではない。技巧は私よりはうまくないかも知れない。ーけれども、けれども、彼は路を開いていく偉大さがある。(中略)いずれも私は彼の後についてゆく。くれぐれも彼には私はかなはない
(鈴木彦次郎宛石濱金作書簡・大正10年3月14日(川端香男里川端康成の青春」『文學界』1979年8月号より))

前回、「石濱先生は第六次『新思潮』の最初期から川端先生含めて仲間の作品を遠慮なく批評していたみたいだ」と書きましたが、川端先生が注目されるきっかけとなった「招魂祭一景」が活字になる前にこのように評価していたというのは着目すべき点のように思います。

 

という訳で、石濱先生の愛が大きすぎて、何だか川端日記でギスギスしていたのも些末なことのように感じてきてしまいました。

 

このような時期を経て、二人は『文藝時代』で再度の蜜月の時期に入ります。

次回がいつになるかは分かりませんが、川端と石濱⑪は「『文藝時代』時代」をお送りします。

 

『文藝時代』から少しだけ引用して、今回は終わりたいと思います。

 

川端→石濱

顔も魂も美しい。この二つが時々身を誤らせかける。

石濱→川端

この男と恋をする女は一番幸福な女だ。

(「同人相互印象記」(『文藝時代』大正13年11月号・第1巻2号))

 

「顔も魂も美しい。」

このような文章が紡がれるということは、石濱先生の美しい魂は川端先生をこの時期にも救っていたのではないかと、やはり私は思うのです。

 

 

 

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