石濱先生ネタの途中ですが、富山市の高志の国文学館さんの川端展に行くことが出来ましたので、会期中に感想を書こうと思います。
高志の国文学館「開館10周年記念 没後50年 川端康成展ー愛を乞う魂」
2022年12月24日(土)〜2023年2月27日(月)
実は2022年のうちに行こうと思ったのですが、寒波で一度断念致しました…。
今回も雪が心配でしたが運良く暖かい週末に行くことが出来ましたので、交通で困ったりはしませんでした。ありがとうございます(見えない大きな力に)🙏
初めて訪問しました、高志の国文学館さん!
開館したのが10年前なのもあり建物自体がめちゃくちゃ綺麗でした。
展示にもデジタル機器が色々使用されていたりと様々な工夫が見られて面白かったです。
さて、川端展です。
今年度に入ってから日本近代文学館さんと神奈川近代文学館さんで川端展が開催されていましたが、今回は巡回展だということで、若干の違いはあるものの基本的には神奈川近代文学館さんの展示物の内容と同じだったと思います。(日本近代文学館さんと神奈川近代文学館さんは若干展示の内容や雰囲気が違いましたが、こちらも巡回だったのでしょうか…?)
オリジナルコーナーとして筆写体験コーナーとかありました。(ここだけ写真撮影可でした。)
図録は新規には発行されていませんでしたが、日本近代文学館さんと神奈川近代文学館さんで販売されていた図録が販売されていました。
ということで、これまで川端展に行きたくても行けなかった方はチャンスです!
今年度の川端展全体の目玉となっていた、2022年新発見の
・「篝火」草稿
・横光→川端書簡
・「雪国」創作メモ
ちゃんと今回も展示されています!
そろそろ川端先生の没後50年が終わってしまい、次の巡回があるかどうかも分かりませんので、気になっている方は会期中に是非行ってみて下さい(ダイマ)
会期は2/27(月)までですのでお早めにどうぞ(ダイマ)
見るのが3回目の資料も沢山ありましたが、何度見ても特別感が凄いです。
これで見納めかと思うと淋しいのですが、有難いことに図録に写真が沢山載っていますので、これからは図録を眺めます。
今回は一通り見た後に、もう見納めだと思って「少年」の原稿とか、伊藤初代さん初登場の大正9年日記を穴が開くくらい凝視してきたのですが、「少年」の原稿の手直しされている箇所で、「九月」が「十一月」に直されているのが二箇所あるのが気になりました。
清野少年との関係が始まった頃の日記を引用している辺りなんですが、二箇所が二箇所とも11月にわざわざ直されているんですよ。
直前に9月の日記が登場しているので素で間違えたのか、それとも清野少年との関係が始まったのが本当は9月からだったのか、ちょっと気になるところです。
あと、伊藤初代さん初登場の大正9年日記。川端全集補巻一の川端日記では石濱金作先生は全て「石濱」と印刷されているんですが、実際には多分「石浜」と書かれています(いや…ほぼ読めない字で書かれているので多分なんですけど…)。だからどうしたと言われるかもしれないですが、これは大発見ですよ!川端先生は「石濱」ではなくて「石浜」と呼んでいたんですよ⁈(※読み方は同じ「いしはま」です。末期症状なので気にしないで下さい。)
あと、第六次『新思潮』創刊号と2号の薄さ(?)をしゃがみ込んで横から眺めていたのですが、以前取り寄せた奥付けのコピーでページ数を見るとそれぞれ100ページも無いので、想像通りの薄さでした。
上から見る展示物なので横から長時間眺めているような奴は多分私しかおらず、近くに座っていた監視員の館員さんにも変な奴だと思われていたに違いありません。
その節はどうも…。私があの時の変な奴です…。ご覧の通り、変なブログを運営しております…。(※館員さんのエゴサーチを想定して挨拶を置いておきます。)
川端展の後は常設展も拝見したのですが、富山ゆかりの作家さんや漫画家さんまでもが沢山紹介されていて見応えがありました。
私は「少年時代」という戦時中の疎開を描いた映画が好きなのですが、「少年時代」の原作の柏原兵三先生「長い道」に関する展示も見られたので嬉しかったです。柏原兵三展の図録と完全版の「長い道」を衝動買いしてきてしまいました。
今回は日帰りではなく泊まりがけで行くことが出来ましたので、翌日には金沢市の石川近代文学館さんと石川四高記念館さんにもお邪魔してきました。
石川近代文学館さんには、徳田秋聲先生・泉鏡花先生・室生犀星先生の金沢が誇る三文豪の展示が豊富でしたが、個人的には「帰らざる夏」「異郷」の加賀乙彦先生関連の展示が見られて嬉しかったです。
また、演出家・劇作家である北村喜八先生のコーナーで思いがけず川端情報を入手しました。
川端先生と北村喜八先生は帝大の劇研究会で一緒だったみたいで、「文科生の頃」(「川端康成全集 33巻」(新潮社))などに名前が出てきます。
第六次『新思潮』は一度休刊した後、大正12年7月にリニューアルされるのですが、その頃に川端先生が北村喜八先生に小説の執筆を依頼していたそうで、北村喜八先生の「或死」という小説の原稿が展示されていました。
しかし、「或死」は掲載されたかどうかも不明らしく、実際にその次の号の『新思潮』の目次を確認しましたが北村喜八先生の名前はありませんでした。その後の『文藝時代』の総目次も当たりましたが、発見に至らず…。
リニューアルした『新思潮』はそれまでの5人のメンバー以外にも沢山新しいメンバーを入れているので、多分『文藝時代』みたいな雑誌を目指していたんじゃないかと思うのですが、色々な人に声を掛けて原稿を集めようとしていたことがこの展示から分かって、個人的に大収穫でした。
石川近代文学館さんと併設されているのが石川四高記念館さんです。なんと四高記念館さんは無料で見学出来ます。
川端先生繋がりで一高について色々調べていたら旧制高校にかなりの興味が湧きましたので、もう大興奮で見学しました。レトロ建築の案内をして下さった係員さんに「え?今日はここだけしか見ないの⁈それはもったいないから、時間があるなら他の所にも行きなさい!」と心配されるレベルで集中して見学しました(いや、本当に中途半端にしか時間が無かったんです…)。ありがとうございました…。一応他にも時間が許す限り見学しました…。(私信)
四高記念館さんは、とりあえず学生寮の模型が素晴らし過ぎました。家に一個欲しいくらいです。
ライトアップも素敵でした。
北陸は文学館以外にも沢山見どころがありそうなので、またゆっくり行きたいです。
それでは、今回はこの辺りで。
川端展行くならお早めに!!
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