うみなりブログ。

アラフォー腐女子が、BL要素のある文学作品をイラスト付きでゆるく紹介します。日本近現代文学が中心。BL・同性愛的な表現が苦手な方はお気をつけ下さい。

小島信夫「ガリレオの胸像」②

お久しぶりです。

なるみです。

かろうじてまだ生存しておりますが、割と長期間に渡りドラクエならウィンドウ枠がオレンジか緑に染まっているレベルなので更新がめちゃくちゃ遅くなりました…体調崩したり私生活が多忙だったりして、なかなか思うように書けませんでした。

ドラクエみたいに一晩寝たら完全回復したいなぁ…じいさんでも一晩寝たら完全回復出来るって凄すぎませんか…ドラクエ4のブライ、あんたは凄い。

 

まだまだブログを継続したい気持ちはありますので、宜しければ今後も当ブログにお付き合いいただけると嬉しいです

 

さて、間が空きすぎましたが、小島信夫先生の短編小説「ガリレオの胸像」の感想が途中で止まっていますので、その続きです。

前回すごく変なところで切った為、続きが気になる方が定期的に見にきてくれたであろうアクセスがちょくちょくありました。本当にすみません。今日はちゃんと感想を終わらせます。

 


①をご覧になっていない方は、こちらからどうぞ。↓

小島信夫「ガリレオの胸像」① - うみなりブログ。

 

ガリレオの胸像」の本編は、こちらの2冊に収録されています。

 

BL・同性愛の話題です。ネタバレ全開です。以下お気をつけ下さい。

 

 

 

 


さて、簡単にこれまでのあらすじを振り返りたいと思います。

 


舞台は戦前の旧制中学。

前の席に座っている島中のことが好きで堪らない庄一郎は、島中に対して何かしたくて仕方がなく、勉強を教えたりちょっかいを掛けたり色々と行います。島中は、庄一郎からの気持ちにしっかりと返事などはせずに、それを受け入れています。

ある日、庄一郎が島中の「自瀆行為」の手伝いを申し出て、二人の関係に変化が起こります。

その後ある事件が…というところで前回は終了いたしました。

 


さて、その後二人はどうなるのでしょうか?

 

 

★庄一郎が島中に対してやったこと〜上級編〜★

カンニングさせる

庄一郎は島中にカンニングさせたくて仕方ありません。自分が答えを教えて島中にそれを写させたいのです。結局見つかり、庄一郎は退学になってしまいました。庄一郎は島中との関係は「行き着くところまで行った」と思い、素直に退学します。

 

ここで学生時代編は終了です。

 

庄一郎が何故こんなにカンニングにこだわっていたのか、明確な答えは作中には書いてありません。

色々考えましたが、単純に誰にも言えない秘密を島中と共有したかったということと、庄一郎は究極的には島中の為に死にたいと考えているので、危険を犯して島中の為に殉じたい=島中の成績の為に危険を犯してカンニングさせて退学になった、ということで二人の関係は行き着くところまで行ったと考えたのではないでしょうか。

また、自瀆行為の手伝いを申し出たシーンでは、同級生とそのような行為を行っていた島中に対してある種の幻滅を感じて一歩引いたことにより、庄一郎だけがひたすら島中を想って追いかける立場では無くなったようにも感じたのですよね。

手が届かないと思われた存在が、自分の手の届く場所に来てしまったのです。望んでもなかなか手が届かないと思われたからこそ半ばムキになって入れ込んでいたのに(と、私には見えました)、そこまで入れ込まなくても相手から手が届く場所に来てしまったのです。

それも含めての「行き着くところまで行った」なのではないかと思いました。

 

あくまで私個人の見解です。別の解釈などありましたら、是非コメント下さい。

 

ただ、行き着くところまでは行って素直に退学はしましたが、島中への気持ちが冷めてしまった訳ではないようです。

 

とりあえず戦後編のあらすじと感想に入ります。

 

戦後、彫刻家をしている庄一郎の元に、ずっと会っていなかった島中がやってきます。

母校に以前あった像の代わりにガリレオの胸像を作ってもらうことが目的です。

再会後割とすぐに打ち解けて思い出話や近況報告に花を咲かせながら、ガリレオの胸像の新設に反対している校長の説得に行くなどして、無事に庄一郎が作ったガリレオの胸像が設置されることとなりました。

胸像の除幕式が終わった夜、歯科医の島中に歯を診てもらうという二十年越しの約束を果たした後で二人で酔っ払いながら夜空に向かって「ガリレオ・ガリレイ万歳!」と叫んで終わるというストーリーです。

 

「鮎と蜻蛉の時」みたいに片方が死んだり、「バスタオル」みたいに別れたりもしないラストに安心感があります(※壮大なネタバレの為、文字色を変えています)。死別やお別れエンドもかなり好きなのですが、たまにはこういうのも良いです。

 

個人的に思ったこととしては、とりあえず戦後編もかなりエモいです。

戦前編の自瀆行為を手伝いを申し出たシーンのような直接的な同性愛描写はないものの、セリフだとかちょっとした態度だとかがとりあえずエモい。

細かい部分では、何度読んでも私には上手く読み解けない部分がいくつかあるのですが、それを抜きにしても良い感じです。

 

いくつかピックアップしたいと思います。

 

まず、再会した辺り。↓

 

庄一郎は島中のことは一日として忘れたことがないといってもいい。島中の顔は思いださないが、おかしなことをした、という気持だけは何かにつけてのこっていたが、島中はもうそうしたことは何にもなかった過去のことのように思っているのではないか。それならそれでいい。庄一郎にもあのおかしさの正体がよく分っているわけでもないし、別に悩んでいるわけでもなかったから、と庄一郎は思った。

 

というように、これまで島中のことを一日たりとも忘れていなかった庄一郎。冒頭に「二十数年前になるのだが」と書かれて中学時代の回想が始まりますのでそれくらいは時が経っているようですが、当時の思い出は「おかしなこと」という思い出になっています。

そして、庄一郎は島中から昔の面影を探します。

 

自分をひきつけた、男らしさ、と女らしさの二つが入りまじったあの当時の島中は、今目の前の島中からはたしてかんじられるだろうか。もし、かんじられるとすれば、あれは少年のころだけのものではないということになる。それは庄一郎があのころと今との間に断絶がないということになる。庄一郎はできればそうあってもらいたいと願っていたと思える。

 

 

島中は「母校に建てるガリレオ・ガリレイの像を作って欲しい」という依頼にやってきたことを身体をくねらせて、恥ずかしそうにしながら庄一郎に話します。

 

この「身体をくねらせて、恥ずかしそうにしながら」がポイントです。中学時代の島中もよくこのような仕草をしていた為島中に対して女性的な描写が時折なされていると私は感じましたが、この時にも島中が当時と変わらない部分をまだ残していることが分かります。

そして、ガリレオ・ガリレイ

庄一郎が退学するきっかけとなった試験で出題されたのが「ガリレオの法則」の問題です。

 

最初はよそよそしく敬語で話していた二人ですが、段々打ち解けて昔話に花を咲かせます。

そして、

 

「君と僕とは只の仲ではない」
と島中がいった。
「おぼえていたのか」
外へ出てから二人は用事をそっちのけで話しつづけた。
「きみが女だったらいいのにな」
「僕もそう思ったところだ」
と島中が相槌をうった。
「そうなるとやっぱり、これはぐあいが悪いことになるな。 僕達はいったい、どうしてこんなにおかしなことになっているんだろう」
と庄一郎がいった。
「同性愛か男色か」
と島中がいった。
「そうでもないらしい」
「僕もほかの男にはこんなことは思わないのだからな」

 

島中の気持ちが、ここでようやくはっきりと分かりました。

島中、お前…!何故庄一郎からアプローチを受けまくっていた時にそういう態度に出なかったのだ…!いや、庄一郎が退学して初めて気付いたのか…⁈なら、仕方ない!座って良し!

 

 

次にガリレオの胸像の具体的な依頼のシーン。↓

 

「実費で引受けてくれないか」
庄一郎はうなずいた。この奇妙さにうなずいたようなものだった。

「大友くん、こまったことがあるんだ、それも相談したい」

島中はより添うようにして、ささやいた。 庄一郎は昔を思いだし、一度ああいうことがあると、どんなことにも相談にのりそうなふしぎさを自分に痛感しながら耳をすませた。

 

という流れに。島中、こうすれば庄一郎が言うことを聞いてくれると思って狙ってやってないか…?

作中ではこの時二人ともアラフォーのおっさんだと思いますが、何か若い姿でイメージ図が浮かんできましたよ…。

 

そのすぐ後の会話。↓

 

「僕の家内?僕の家内がPTAには出席するんだ。どうしてあんなやつといっしょになったか分らないが、いうなりになってしまったんだ」
庄一郎は笑いだした。
「昔から君は人のいうなりになったんだ」
「好きでそうなるのならいいよ。家内とはただのズルズルベッタリでね」
「いやらしい中年になったな」
「おれ達はとくにイヤラシイな」

 

なんか島中が庄一郎に対して結婚したことを言い訳してるみたいに聞こえるんですが…?(*´-`)

そして、「おれ達はとくにイヤラシイ」って、腐女子として何となく聞き捨てならないんですけど、一体どういう意味ですか…⁈(身を乗り出しながら)

 

庄一郎はガリレオの像のことを頭のなかで考えていた。一つのイタズラだ。それは島中にそっくなガリレオ像を作ることだ。 前に何かのついでに百科辞典をひいてみて知ったところでは島中はどこかガリレオに似ているところがある。数学や物理の不得手な島中とはまるっきり頭蓋がちがう。しかしあとのところは似たところがある。

 

で、実際に島中そっくりのガリレオの胸像を完成させますよ、オイ。

こういう理由で、この作中でガリレオは戦前戦後通してキーワード(キーパーソン?)な訳ですね。

 

 

ガリレオの胸像が完成し、かつての担任と再会した後のエモい一節。↓

 

庄一郎は水面を眺めていた。あの時、向う岸までひとりで行ったり来たりしていたようなことは、あれからあっただろうか。あの僅かな期間だけが、ほんとうに生きようとしていたように思える。それが島中とのことに結びついていた。

 

ハイ、管理人が大好物な「若いってイイネ!」な時期を回想するシーンです。

「ほんとうに生きようとしていた」。

歳を取るとガムシャラに何かすること自体難しくなるので、若人は若い内に精一杯悔いのない生活を送って下さい。

私も歳ながらガムシャラにBL文学を追求したり若い頃の川端先生や石濱先生のスト➖カ➖行為に勤しんでおりますが、歳なので体力が追いつかずにブログの更新が長期に渡り滞ってしまうような有様です。

30歳とか越すと徹夜する体力とか段々普通に無くなりますので、若人は体力のある内に色々やっておきましょう。…?何の話だったっけ…?

 

 

さて、もう終盤ですがラストまでは引用しないでおきますので、気になる方は是非ご自身で読んでみて下さい。

 

 

 

戦後編は割とあっさりした感じに見えましたが、戦争や20年という年月を経て、庄一郎も島中も教師も色々と変わってしまったのだろうと感じました。

 

「優秀なやつは皆死んだのだね」とか「バカなやつほどこの世にのこるな」というセリフが身に迫ります。戦争を経験された方にしか、この重みは分からないでしょう。分からないなりにもしっかり伝わってくるものがあるので、当時を経験された方のこのような自伝的な作品は本当に貴重です。

 

上手く読み解けない部分がありましたので、読まれた方は是非コメントで感想などを教えて下さると嬉しいです。

 

 

では今回はこの辺りで。

 

 

次はなるべく間を開けずにブログを更新したいという熱量だけはありますが、どうなることやら…。

 

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